2019.12.18 / interview

アタマとココロを刺激する、絵本サロンの秘密<その1>

はまぐちさんの絵本サロン「絵本と砂の部屋(仮)」が、2019年の夏にオープンしました。「訪れる9割が大人」「図書館や本屋さんにある絵本とは、明らかにセレクトがちがう!」、そんな噂と謎の多い絵本サロンです。絵本を題材に、社会人として大切なことを学んだという学生も多数。前後編で、たっぷりとお届けしましょう。

 

絵本で心の扉を開き、思い込みを吹き飛ばす

絵本サロン「絵本と砂の部屋(仮)」オーナー 濵口 桂さん × ライター久保田説子さん

 

くぼたん
天井まで、いろんな絵本がいっぱい並んでいますね。何冊くらいあるんですか。

はまぐちさん
1500冊くらいかな。図書館や本屋さんに置いてある絵本は、ママが選びたくなるような子ども向けばかりでしょ。ここには多彩なジャンルを意識して揃えていて、普段は目にとまりにくい、たとえば離婚やLGBTQをテーマにしたものも結構あります。

くぼたん
絵本サロン「絵本と砂の部屋(仮)」のある大阪の本町は、ビジネス街っていうイメージです。大人向けにオープンしたんですか。

はまぐちさん
今は訪れる人の9割が大人ですが、いろんな人に来てほしい。絵本だって、まんべんなくセレクトしたら大人向けが多いイメージになっただけで、かたよらせてはいないんですよ。

くぼたん
本棚に、楽しいタイトルがついていますね。「人を好きになったら」「仕事が嫌になった時」「パパがんばって」など。さまざまなきっかけで、絵本を手に取ってもらえそうです。

はまぐちさん
そうなってほしいですね。たとえば17人に1人といわれるLGBTQについて、子どもたちにどう伝えるか悩んでいる先生もいるかもしれない。この絵本サロンで「うちにはパパがふたりいる」なんてお話と出あえたら、子どもたちに読み聞かせたり、それを題材に考えてもらったりできるかも。

くぼたん
本当に、そんな出あいがイメージできる空間になっています。

はまぐちさん
もちろん、そういったテーマ設定にこだわらず、純粋に楽しむことを大切にした絵本も、たくさんありますよ。

くぼたん
それも伝わってきます! はまぐちさんは、大学でキャリアデザインの授業や就活関連のカウンセリングをしたり、共育空間「Co-en」で大人のために遊びと学びを融合させた「マナソビ」といった活動をしたり、たくさんの顔をもっていますね。絵本サロンを開こうと考えたのは、どうしてですか。

はまぐちさん
そうした活動でも絵本を採り入れて、遊ぶように学ぶワークショップに取り組んできました。この絵本サロンはその延長線上にありますね。

くぼたん
どんな絵本を、どんなテーマのワークショップに採り入れてきたのですか?

はまぐちさん
たとえば大学生向けに「ももたろう」を採り入れたことがあります。「ももたろう」のストーリー、知っていますか。最近はCMのほうが有名で本来のお話を知らない子もいます。だから、まずは絵本を読んでもらいます。

くぼたん
桃から生まれたももたろうが、鬼ヶ島に行って、鬼退治をする話ですね。

はまぐちさん
はい。ももたろうが正義のヒーロー、鬼が悪者で、ももたろう、つまり正義が勝つというお話です。ワークショップでは、このストーリーをあえて鬼の目線で捉えるとどうなるか、学生同士で話し合ってもらいます。たとえば鬼にも何か事情があったなら? もし鬼とラブラブな姫を新しい登場人物に加えたら? ストーリーはどうなるでしょうか。

くぼたん
おもしろそう。それ、本当に勉強なんですか。

はまぐちさん
はい。視座を変える体験をして、想像力を鍛えるトレーニングです。

くぼたん
視力の「視」に座席の「座」で「視座」。これを変える体験は、どんな役に立つんでしょうか。

はまぐちさん
「視野を広げる」は、自分に見える範囲を広げますが「視座を変える」は、相手の立場になってみます。社会人になれば商品の販売や開発をするでしょう。そんなとき、どうすれば買いたくなるか、拒否感をもたないか、相手の立場でロールプレイングし、そこからアイデアや可能性を広げるんです。

くぼたん
なるほど、仕事に欠かせないことを、シミュレーションできるんですね。

はまぐちさん
この絵本サロンに「悩み解決のきっかけがあるかも」って紹介されて来る学生さんもいますよ。うまくアイデアが出ないといった悩みです。

くぼたん
アイデアが出るようになりますか?

はまぐちさん
学祭でたこ焼きを売る予定だとしましょうか。絵本を見ながら一緒に話をするだけでも看板づくりなどのアイデアがふくらみますし、視座を変えてお客さんの役割を体験すれば、お金の管理や持ち帰りの容器などにどんな工夫や配慮が必要か気づくことができるでしょうね。

くぼたん
就活世代には、とくに役立ちそうです。

 

はまぐちさん
実際、インターンシップなどに課題解決のプログラムを採用する企業は増えています。参加した学生がお客さんの立場になって、つまり「視座を変えて」売り場の買いやすさ、商品の手に取りやすさなどをチェックし、課題の解決策をプレゼンテーションするというような内容ですね。
くぼたん
絵本を使った学びを、大学などではなくて、絵本サロンで実践するよさは何ですか。
はまぐちさん
大学の授業やワークショップの会場には、その日のテーマを想定して絵本をもっていくため、数が限られていました。でもここなら、たくさん絵本があるのでどんな相談にもすぐに対応できます。そういえば、このテーブルの上にあるカードって、何をするためのものかわかりますか?

くぼたん
さっきから、気になっていたんです。
はまぐちさん
絵本とスムーズに出あってもらえるように、悩み、テーマ、課題などと関連しそうなキーワードを記したバリューカードです。全部で52枚あるなかから、気になるキーワードをピックアップすれば、そのキーワードの絵本がすぐ見つかる仕かけになっています。

くぼたん
絵本を選ぶときの、ナビゲーション役になってくれるカードなんですね。

はまぐちさん
そうです。チャレンジというキーワードが記されているカードは、チャレンジがテーマの絵本にナビゲートしてくれます。

くぼたん
「あなたの心のかけら、このカードから探してください」って書いてありますね。

はまぐちさん
心って、何か一つで成り立っているものじゃなくて、心のなかには、いろいろたくさんありますよね。日によっても変わるし。だからそんな心の「かけら」を探してもらえるようにと思って。

くぼたん
はまぐちさんにとって、絵本って、どんな存在なんでしょうか。こんなふうに絵本を読んで、学んでほしいのは、どうしてですか?
はまぐちさん
異世界の窓、という表現が近いかな。小説はストーリーだけど、絵本は絵が中心でしょう。絵には読み手の心が投影されるんです。だから読み手の心の数だけ絵本があるともいえる。ここには箱庭の砂も置いてあります。心が投影されるという点で、絵本と砂は、共通しているかもしれません。

くぼたん
小説や映画とは、近いようで、ちがうんですね。
はまぐちさん
絵本1冊にかかる時間って、5分くらい。そこが小説や映画とは、まったくちがうところです。ふだんの思い込みから5分で逃れ、自分の世界を投影し、その世界に入り込むことができます。

くぼたん
確かに即効性がありそうですね。
はまぐちさん
仕事中にちょっとだけ来る会社員の方もいますよ。ここに1時間いれば10数冊分、異世界を体験できます。もし連続して50冊を読んだとしたら…。

くぼたん
きっと、世界観が変わっちゃいます!

はまぐちさん
こんなとこ、ほかにはないでしょうね。

 

アタマとココロを刺激する、絵本サロンの秘密<その2>に続きます。

 

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この記事を書いた人

久保田 説子
公共団体、企業、大学などが発信したいことを、一緒に企画し、提案して形にしていく広報広告クリエイター。もっとも多いのは人物インタビューなどライターとしてのお仕事。大学ではコミュニケーションの授業を担当しています。 株式会社これから